プロローグ ~出会い~

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 私が、子供を苦手だ、という事は、憲一さんが一番よく知っているはずだ。それなのに、どうして?   教えることは別に構わない。私だって、ピアニストをやりながら、教室でピアノ教師をしているのだ。  でも、私が普段教えているのは、例えば音大進学を希望する子だったり、趣味でピアノを弾いている大人で、プロ並みに弾ける人達だ。  子供向けなクラスは受け持ったことがない。勿論、教えられない訳ではないけど、もっと子供を教えるのが上手な先生だっているはずだ。 「私は・・・市内の○×楽器店や▲◎の音楽教室で教室を持っています。そちらに来て頂けませんか?そちらでしたら、私以上に、子供にピアノを教えるのを専門にしているスタッフもいます。そちらで・・・」  それに、もう一つ、気が進まない理由があった。それは・・・私の自宅で、他人のレッスンはしたくないのだ。  もちろん、この家にもピアノもあるし、自分専用のレッスン室を作った。でもそれはあくまでも自分用で,他人をレッスンするための物ではない。  部屋は私用の楽譜や道具があるだけで、他人を招き入れるには殺風景この上ない。他人を招き入れられるような場所ではない。  楽器店に併設されている教室の方が広いし、教えるにはちょうど良い空間だ。  ところが、香織さんは首を横に振った。 「私もそうしようとおもいまして、楽器店に相談しました。 けど・・・そちらのピアノ教室ですと・・・叶野先生は子供向けのクラスを受け持っていない、と言われました。叶野先生のクラスはどこも一杯で、今、叶野先生のレッスンを受けることは出来ないと言われました。空き待ち状態だ、と。 他の先生のレッスンを受けることも考えたのですが、一緒に教室見学したのですが、この子が嫌がって・・・どうしても叶野先生がいい、といって聞かないのです。 橘くんとは高校時代の同級生で、叶野さんとお知り合いだと聞き、無理を承知で相談しました。 お願いします。杏樹に、ピアノを教えてやってくれませんか?」  香織さんはそう言って頭を下げた。
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