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「俺、そろそろ塾」
あわあわと慌てながら、ストローを吸い上げるわたしなんて気にもせず、先輩はちらりと腕時計を見ると予備動作なしにスッと立ち上がった。
わたしと会話するために外していた左耳のイヤホンを付け直す先輩を見上げながら、
「せ、先輩待って!」
苦し紛れにしたわたしの悪あがきも先輩には聞こえなかったらしい。
先輩が帰ると言った時に、一秒も待たせることなくわたしも帰る準備ができていれば、一緒に帰れることがある。
だけど残念ながら、今日は鞄を教室に置いてきてしまっていて。
そんなわたしの事情を知ってか知らずか、聞こえないフリ(の可能性が高い)をした先輩は、そのままわたしの前を通り過ぎて屋上の扉に手をかけた。
「中原、またね」
わたしを振り向くことなく投げられるいつも通りのその挨拶を、わたしは立ち上がろうとして四つん這いになったまま、聞いていることしかできなかった。
「待っ、」
もう一度だけ、と粘ろうとしたその言葉も、バタンと扉が閉まる音にかき消される。
「……聞いて、ないし」
四つん這いになったまま悲壮な顔をしているだろう自分が、ミジンコレベルでしょうもなく思えた。
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