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子猫が、完全に警戒を解いて甘えている姿に感化されたのか、ようやく少年は声を発した。
「……俺は、十希夜(ときや)。…そいつの名前は知らない」
少年、十希夜が答えてくれたことが嬉しくて、遊寿は子猫を抱えて近付いた。
しかし、慌てたように十希夜は距離を取ってしまう。
遊寿がまた一歩近付けば、十希夜もまた一歩離れる。
「「…………。」」
これ以上寄ったら、逃げていってしまいそうだ。それでは話せなくなる。せっかく名前を教えてくれたのに。
仕方なく、遊寿は近付くのを諦めて、十希夜に話し掛ける。
「…この子猫は十希夜が飼ってる訳じゃないの?」
「違う。一度餌をやっただけだ。そしたら知らないうちに付いてきてて…。ここは一体どこなんだ?」
そう言って十希夜は、辺りを見回して首を傾げる。
初めて見る場所だった。自分がいた場所の近くに、こんな深い森などあっただろうか。
「俺は、川に落ちたそいつを助けようとして、一緒に流された筈なんだが…」
「川に?でも十希夜たちは全然濡れていなかったわよ?ここより上流は、流される程深くない筈だし…」
十希夜の説明に遊寿も首を傾げる。ここは川のかなり上流だ。
「……それに、たとえ川が深くても無理よ。あり得ないわ」
「あり得ない…?」
そう、あり得ないのだ。
何故なら。
「ここは…天鳴樹の森だもの」
限られた者しか入れない、閉ざされた聖域なのだから。
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