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――――……‥
大きな屋敷の一室で、一人の青年が文机に向かっている。
年は二十歳頃であろうか。しかし若い見た目にそぐわぬ、巍然たる空気を身に纏っている。
薄い栗色の長い髪を、後ろで結わえたその青年は、並みの女性よりも美しい容姿に不似合いな、険しい表情を浮かべていた。
灰色がかった空色の瞳にも、焦りがありありと見て取れる。
そこへ、部屋の外から呼び掛ける声がする。
「楼主様」
青年は、楼院の代表、楼主であった。
名を羽原咲 東賀(はばさき とうが)という。
現国主の甥であり、次期国主と目されている。
「…入れ」
「失礼いたします」
襖を開け、一人の男が入ってくる。
「用件は」
「は。実は先程、《奥の院》から遣いが参りました」
その言葉に、東賀は顔を上げた。
《奥の院》とは、天鳴樹の姫が住む屋敷のことだ。そこから遣いが来るなど、今までに無いことだった。
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