落日

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物言わぬ植物の意思や、人の過去の記憶すら“聴きとる”衣佐にとって、猫の状態を調べること等、造作もないことであった。 「術を掛けられている音はしませんでした。また、人から餌を与えられたりはしていたようですが、飼われたり、仕込まれたりといった経緯も、一切聴こえませんでした」 「院に出入りする者達も、無論確めたのだろう?」 「はい。念のため時期を遡って、姫が交代されてから、出入りしたことのある、全ての者を確認致しましたが、誰も猫を知りませんでした。術も掛けられていません」 「そうか。しかし何故、結界を抜けれたのか…」 猫が入り込んでいた事実がある以上、どこにも異常がないという報告自体が異常であった。 「…森の状態は?」 「そちらも変わりなく。ただ…」 言葉をきり、迷う衣佐の様子に、東賀は眉をひそめる。 衣佐は生真面目な性格で、推測だけの報告は絶対にしない。必ず何らかの裏付けが取れてから報告する。だからその報告は、いつも明確だ。 その衣佐が、言いかけておきながら言葉を切るなど、東賀は初めて目にした。
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