平穏

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いくら子猫と一緒に倒れていたとはいえ、天鳴樹の森の、しかも奥の院の結界に、外から入ってきたのだ。 本当なら直ぐに、人に知らせなければいけないと、分かっていた。 でも遊寿は、そうしたくなかった。何故か、してはいけないとさえ思った。 だから、ここが天鳴樹の森だと説明した時、自分が天鳴樹の姫であることも明かし、十希夜にしばらく森に隠れるよう勧めた。 結界があって、出ていけないことも説明しようとしたが、驚いたことに十希夜は遊寿が言う前から、気付いていた。 さすがに姫の、もう一つの役目については知らないようだが、外界から隔絶されている姫の立場や、奥の院がどんな場所かも知っていたようだ。 奥の院のことを知っている十希夜は、もしかしたら楼院に属する能力者の血族なのかもしれない。 だが十希夜は何も言わない。自分を匿うことで、遊寿に迷惑がかかると、そのことをひどく気にしていた。 そして遊寿やトキコが、すぐ近くに寄ったり、触れることに、過敏に反応する。 何か複雑な理由があるのかもしれない。 けれど、外界のことを知らされていない遊寿には、分からない。 それに、無理に聞こうとも思わなかった。 十希夜は、初めて会った同い年(聞いたら同じ十五歳だった)の少年で、初めて只の遊寿として話した相手。 遊寿にとって、それだけで十分だった。
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