第1章

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「あ…この木、桜や」 通りすがりの公園の隅に一本だけ。すっかり葉桜になった桜の木が立っていた。 幹はそれなりに太く、枝ものびのびと太陽の光を受け止めている。 生き生きと元気な若者、といった印象を受けた。 「春になったら、ものごっつうきれいなんやろなぁ」 春、満開の桜のもとで賑わう人々の姿が安易に想像できる。 きっとこの木の周りにはひとが沢山集まるのだろう。 何てことを思いながら、いつの間にか止まっていた足を再び動かした。 公園が目印だったのを思い出して、ポケットに突っ込んだしわしわの地図を引っ張り出す。 「えーっと、公園がある道に出たら、公園を左側にして立った方向でまっすぐ進む…と。ほんで二個目のかどを右に曲がればええねんな」 (ほんでまたまっすぐ行くと、今日から俺が通う学校に着く、と。) 今は5月の初め。せっかく地元の高校で2年に進級したのに、親の急な転勤で俺まで転校するはめになってしもた。 しかも、関西に住んでたのにいきなり関東に来るとかっ! 複雑なお年頃の俺にはちょっと大変。 (心の準備とか、あんまりできへんかったし!) 町を歩けば、耳に入ってくるのは標準語。なんか違和感がある。それにこれからの日常のなかで、きっとこんな違和感がうじゃうじゃ現れるのだろうと、 そんなことを考えて少し憂鬱になった。
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