かまいたち

2/23
前へ
/23ページ
次へ
 変りませず血みどろ話の悪趣です。  昔、満開の桜を大雪が散らし、うそ寒い夏には稲が空穂を結ぶ、そんな年の冬、さる御城下にかまいたちが流行りました。かまいたちと申しますはつむじ風の合間、ふいと気が真空になりまして人の肉をスパッと切る。寒い土地に多いそうで血は出ません。骨断つこともないはずですが、この土地のは違いました。 「ういっ、寒いな親父、一杯くれい」  侍屋敷の長い塀が続く角に、仲間相手の蕎麦屋が屋台を置きまして月は真上、風がピューッと鳴ります。賭場の帰りと思しき商人態の男、風を屋台の陰に避け、両手をこう八の字、突っかい棒にして桟に凭れます。 「ああ、だめだ。あんな目の出ようがあるかってんだ、くそっ」  独り言を申しますうち、 「お待っとうさん」 「おおっ」鉢を受けんと左手はすっと出たが右はそのまんま、「ちっ、横着しやがって」  男はおのが右腕ぐいと掴むや袖もろとも肩から外れ一間先まで血が飛ぶ。 「ヒエーッ」蕎麦屋は鉢を落して逃げた。 「な、なんだよ、なんでえ、おい、な、な……」  男は我が腕を持ったまま二歩三歩、生腕に唐桟の袖がだらり下がって肩口からは血がどくどく、十歩と行かず倒れました。これが御城下かまいたち第一号。  辻斬りとの噂もなされまして、十人二十人とやられた中にはそうしたのもございましたろう、何せ昼日中、往来を行く飛脚が片足スッパリ取られオットット、六方を踏んでパタリてなとこを人々見ております。いきおい町行く人も少なになり、身軽な者は稼ぎ場を他所へ移します。元より住みよい城下とは申しませなんだ。藩侯御自身欲深なうえ、取り巻きは輪をかける。年貢運上いよいよ重く、人気は荒く、どうやって目先の相手を出し抜こうか、そればかり考えております。たまにまともな親がいて、「あこぎをしてもお天道様はお見通しだよ」てな申しましても、「なら、夜中に稼ぐべえ」てえ倅。  さて、城下を少し離れた桑畑の中に油屋佐平の別墅がございまして、住いするのはおくれ様、花の二八を一つ越えた色の盛り。やや下ぶくれの白い肌にポッと朱を点じた唇、目に潤いあって沈魚落雁の風情、殿様の思い者にございます。去ぬる夏、鷹狩の帰りに一服せんと立ち寄って見初めました。なあに油屋が見初めさせたんで。お通いになる。日を追って門は高く屋敷は立派になる、庭は広くなる、猫なんざ半年で倍に太った。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加