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「城へお挙げなされませ」家臣らが申しまするに、
「いや、通うのが粋である」てなお言葉。
毎月一の日、朔日、十一日、二十一日にやってまいりまして一刻ほど過しお帰りになる。
おくれ様は正名を呉竹、油屋が京から連れ参った妾の子です。親父は城下の店に本妻と娘倅が二人ずつ、倅はもう大きうなりまして店のことも覚えた、いつ隠居してもいい。お妾さんは三年前に亡くなったんですが佐平には我が子の誰よりおくれ様が可愛い、一日おきに通ってまいります。店の娘が、
「お父つぁん、今年は藤紫が流行りなんだって、振袖欲しいよう」など申しましても、
「ふん、若い奴らは流行り物なら風邪でもひく」てんで、けんもほろろ。
そのくせ翌日は呉服屋を従え別墅へ参りましておくれ様に柄を選ばせます。母親がつましい人だったことと妾の子という分際を承知ですからおくれ様、今まで物ねだりをしたことがない。内風呂の糸瓜なんぞ雀が首を突っ込みそうな一枚布に見えるまで使う。佐平はますます可愛いくって世話を焼く。小さい頃から師匠を呼んで琴や和歌を習わせ、今も目に残るは奉納舞。別墅に近い住吉神社の長床で白衣に緋袴、手に鈴と榊を持ち、髪を長く垂らして舞う。森は厳かに涼風渡り、楽の音がこだますると舞に天女が加勢すると見えました。神様に向って舞う娘はわが子ながらわが子でないような、子は授かり物と申しますけれど、まことにこの子の為なら我が身を粉にしてもと思う親父であります。年頃になり、さあどこへ縁づけようか、あたりを見回し思案しますがろくな男が居ない。呉竹は佐平が掌中の珠、小人珠を抱いて罪あり、佐平にはそのへんの男が皆小人に見えますから殿様を狙って射止めます。日陰浮草の身を玉の輿というわけです。しかし殿様はもう五十過ぎ、隠居も近い身なんですがね。
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