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風の音が獣の唸り声のように静かな森に響く。
そしてリリアンナは気付く。剣呑とした雰囲気とピリピリと肌を差す痛み。いつもと変わらないはずのアーロンが深い闇に覆われているかのように、得体の知れないもののように感じた。
「リリアンナ」
どきりと心臓が高鳴る。名前で呼ばれることなど、滅多になかったから。
「なん、でしょうか」
重々しい空気。口を開くだけで精一杯だった。
「この間の話の続きをしよう」
「この間の……?」
「“彼”の話だ」
「……!」
霧が色を増す。
何故、と疑問を浮かべながら、リリアンナは言う。
「過去は振り返らないのでは?」
「過去の話ではない。俺はあんたの心の話をしている」
リリアンナの言葉を切り伏せたアーロンは、ゆっくりリリアンナに近付き、その髪を撫でた。
「あの人はまだここにいるか? あの人の姿を思い出せるか? あの人の言葉は消えていないか?」
「あの……人は……」
どこか不思議な響きのある声に、身体が絡めとられていく。蜘蛛の糸に捕らわれた蝶のように、リリアンナは身動きをとることができない。ただ静かに、沈んでいく。
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