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 白い羽織袴の東園寺崋山がきびすを返して、イチョウ並木に消えてしまった。まるで狂言の舞台のようだ。目のまえにいた役者がふと消えて、空虚な舞台だけが残る。そこには、朝の日を浴び生きいきとした緑の木々だけが、風に枝先をそよがせている。ジョージがぽつりといった。 「須佐之男……日乃元の建国神話の英雄だな。巨大な悪の化身、頭が8つある八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、草薙剣(くさなぎのつるぎ)という究極の武器を手にいれた。進駐軍の上層部は、いったいなにを計画しているんだ。タツオ、宿舎に戻ろう。昼までにできる限り、須佐之男計画を洗うんだ。どんな情報でもいい。なにも知らないままカザンと闘うのは危険だ」  ジョージが散歩を切りあげて、宿舎に帰っていく。タツオは厳しい背中を見ながら考えていた。救国の英雄、日乃元の国体の未来を担(にな)う、この戦争の勝敗を左右する……。カザンが洒落(しゃれ)や冗談でそんなことを口にしていないのははっきりとわかった。あいつはいつだって大真面目だ。
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