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夫は死病を患っており、今年の冬は越せないと言われていた。長くてもひと月だろうという医者の宣告に、目の前が真っ暗になった。
悲嘆に暮れる私に、桜の頃に産まれてくる孫の顔を見られないことだけが心残りだと夫は言った。既に覚悟を決めていた。少なくとも、そう見えるようにふるまっていた。
だから、リミットカードが自分宛てに届いたと知って、夫は笑った。
リミットカードとは、死の半年前にどこからともなく送られてくるというプリペイドカードだ。白い封筒に、名前だけが書かれているのだという。まゆつばものの話である。以前の夫なら「都市伝説だろ」と笑い飛ばしたかもしれないが、今は違った。
これで、半年もの時間が約束された。見られないはずだった孫の顔を見られる。そう言って、笑った。
今までの諦観からくる笑みではなく、心からの笑顔に思われた。膨らんだ娘のお腹を見つめる夫に、私の視界はぼやけ、次から次へと涙がこぼれた。
長い間連れ添った私には、夫の笑顔のわずかな変化が、とても大きなものに感じられたのだ。
神様がくださった贈り物だと思った。
だから、夫は笑い、私は泣いた。
END
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