三度目の恋に触れる髪

8/19
前へ
/19ページ
次へ
バーカ。潔く突っぱねろっての。 妻帯者がまんざらでもなさそうな顔すんな、みっともない。 大体奥さん風邪引いてんなら、一次終わったんだからとっとと帰って看てあげなっての。 奥さんとは、私に夏の風物詩的なノリで報告してくれた『同棲始めました』に登場したあの彼女だ。 つまるところ八木は私の同期で、過去の片想いの相手で、失恋の相手であるという事。 そして報告のあの日から二年、彼は着実に恋を育んだのだろう、見事ゴールインを果たしている。 片や私といえば――そこは何も言わずとも察してほしい。 「おい牧原(まきはら)。『バカ』って声聞こえたぞ」 「えっ」 咄嗟に口を塞いだ。 八木ではなく、私と向かい合う形で立っている別の男性社員――洋野(ひろの)からのささやきだ。 「私…本当に声に出しちゃってた?」 おかしいな、内心に留めたつもりだったんだけど。 訝しげな私の顔を見た途端、洋野が何かを堪えきれなくなったように吹き出した。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加