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「はい、これ。絶対に必要だからなくさないでよ」
気が付くと、先ほどまで見ていたあの刺激的な光景は何処へやら。辺り一面白一色の中、目の前には上下黒のスーツを着込んだ、まさにサラリーマンと呼べる男性の姿があった。歳は四十代といったところか。
しかも、角形1号程度の少し厚みのある重要という文字の赤いハンコが押された茶封筒を、どう見ても自分自身に向けて差し出している。
「どうしたの? いらないの?」
「あ、いえ……。いります」
少し不機嫌そうな中年男性の威圧的な言葉に、少し及び腰になりながらも答えると、差し出された茶封筒を受け取る。
「それじゃ、それ持ってあっちに真っ直ぐ行ってね。あぁそれと、封筒の中は絶対に見るなよ」
そう言って中年男性が指を刺した方向は、目を凝らしても何も見えない何処までもただ真っ白な光景が広がっていただけであった。
何の目印もないんですけど、と中年男性に言葉を投げかけようと彼の方に目を移すと、まるでマジックのように一瞬の内に彼の姿は何処かへと消えていた。
一体彼は何処へ消えたのか。一瞬探そうかとも思ったが、周囲を白一色が埋め尽くすこの異様な空間の中にあってむやみに動くのはあまりよくないだろうと思いとどまると、中年男性が消える前に指差した方へと無言で歩きはじめるのであった。
それからどれ位歩き続けたのだろうか。目印となるものが全く無いので出発点から一体何キロほど進んでいるのか、そもそもちゃんと進んでいるのかどうかすら分からないのが現状だ。
もっとも、辺りを見回しても目に入るのは白一色なので、方向感覚が狂ってしまうのは当然と言えば当然なのだが。
そんな投げ出したくなる状況がこの後さらに数分ほど続いたところで、それまで白一色であった風景の中に突然と人工物のようなものが遠くの方に見えてきたのである。
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