第1章

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 緑の豊穣祭、と呼ばれるこの祭典は、土地の浄化や癒しをはかるために天龍を呼ぶ必要がある。天龍は霊気のたまる場所を好むため、人は浄化や癒しを必要とする場所を相応に整えるのだ。それに加え、ここには地龍がいる。性質は違えど天龍と地龍は近いものがある。地龍の呼び声には応え易い。  呼びかける方法はさまざまあるが、よほど切迫していない限りは歌って呼ぶ。土の匂いや、新芽の美しさ、蕾の瑞々しさを。天龍が快い音と感じるように。  人形の紅緋を背に乗せ、わたしは本来の姿となって人の町へ降り立った。そこには広い舞台が作られており、周りにはすでに町人が大勢集まっている。みな一様に同じような恰好をしているのは、祭典というもののきまりらしい。舞台の中央に紅緋を降ろし、わたしは彼女を囲うようにして長い身体を横たえた。  本来、わざわざ人形にならずとも歌は歌えるのだが、人に育てられた彼女は人を愛し、人から愛されている。ゆえに紅緋は人形で祭典にのぞみ、人は応えてこの日のために衣装を作るのだ。  ぴん、と張りつめた空気の中、紅緋はゆっくりと呼吸をしてから静かに歌いはじめた。ほのかに暖かい空気に染み渡るような、やわらかい歌声だ。わたしの耳には龍の声とも聞こえる。ゆったりと、まだ土の下にある芽を揺り起こすような、少し低い音が拍子を刻む。  さわりと風が若葉を揺らすと、近くに天龍が現れた気配を感じた。 「どれ、行ってくるか」  囁きは紅緋だけに聞こえるもの。紅緋は応えてわたしに向けて微笑み、頷く。わたしはゆったりと首を持ち上げ、まだ若い天龍のところへと舞い上がった。
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