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――――――ドクン。
愛生の牙が皮膚を突き破ると同時に、視界が灰色に染まり制止する。全身が鼓動しているのに、心臓は止まってしまったみたいだ。呼吸ができない。
灰色の世界に赤い色が鮮明に浮かび上がっていく。腕から流れる血液、愛生の髪の色、そして時折映り込む瞳。
これでよかった。何が何だか分からない状況だけど、それだけは思った。俺の血でいいならいくらでも食らってしまえ。
だから――――――、
『もう、駄目だからな、こんな事すんのは』
ちゃんと届いただろうか。もう耳が聞こえなくなっていたから、少し不安だったけど、振り返る愛生の瞳が俺を見てくれたから...大丈夫、だろう。
意識が遠のき、眠るように瞼が落ちた。
――――――――――――。
「...ん?」
瞼越しに感じる光。ゆっくりと瞼を開けると、見覚えのある天井が視界に入ってきて、夢だったのかと安堵する。遅れて心臓が鼓動を速めた。
今思えば当然じゃないか。あれが現実だなんてあり得るはずがない。リアルな夢なんて何回か見たこともあるし、今回もそれだろう。
そして、今まで忘れていた記憶がモヤモヤと思い出していく。現実逃避したい気持ちを抑えながらも枕元にある時計を見ると、曜日は月曜日、時刻は午前8時を指していた。
「もうギリギリじゃねーか」
今俺は高校3年生である事を思い出したのだ。そして、遅刻しないためには家を後5分で出なくちゃいけなかった。うちの学校は遅刻に厳しく、無断欠席さえ許されない。1回でもすれば反省文を書かされ、2回目には生活指導から呼び出され、3回目には校長注意、4回目でもう停学処分である。
すでに校長注意までくらっている俺は、現実逃避してわーわー頭を抱える時間も無いのだ。急ごう。
布団のぬくもりを惜しみながらも、上半身を起こす。
...が、
「へ?」
時間が止まったかのように思考が停止した。言葉の通り、時間は実際経過しているのだが、いやもう早く動きださないといけないのだが、
「おはよっ!!」
俺の膝の上で座っていた幼女が、紅いその瞳が、俺の瞳を覗いていたから、全力で現実逃避することにした。
「おやすみ」
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