第1章

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「典史君、悪いけど、志信と、遠野さんの家に行ってくれないかな」  遠野というのが、どうやら洞窟の泣き声供養の家らしい。御形の父親が、簡単な経緯を説明してくれた。洞窟に入り、海で亡くなった少年の家だった。 「昔から付き合いのある家でね、祓いとかはやっていないと言ってもきかないのだよ」  御形の父が、胡坐をかいてはいるが、困った表情で溜息をついている、俺も何か助けになりたいと思ってしまう。 「祓いで行くということは、俺は霊能力者の肩書で行ってもいい、ということですね」  ただの高校生を連れて行っても、意味はないだろう。  御形の父が渋い顔をしていた。 「そういうことになるかな…」  御形の家はやさしくて、霊能力者に偏見もない。俺は、霊に対して無能であることを自覚してもなお、霊能力者であるということに抵抗を持っている。霊能力者に偏見を持っているのは、俺のほうだ。 「嫌ならば、他を考えるよ」 「行きます」  俺の気持ちは固まっていた。  次の日、御形の父親が運転する車で、御形と遠野の家を訪ねた。  遠野家は海から近い、ごく普通の民家だった。住宅地と違い、庭はとても広い。軽トラックや乗用車など、複数の車も楽に停められていた。塀ではなく生垣と木々に囲まれ、静かな土地。  御形の父親は、家人と挨拶を交わしていた。 俺のリュックにはペットボトルに入った水がある、取り出して握り締める。  水を媒体に過去を見る。かつてここに住んで居た、中学生の少年。  浮かび上がる人影は、どこか幼い顔をした小柄の少年だった。納屋に向かって走ってゆく、生垣の向こうは、祖父母の家だ。  祖父母の家の床下に、板で隠された場所がある。洞窟への陥没があるのだ。板を外すと、下に降りる。  ヘッドライト、海中電灯、蝋燭にロープ。地道に揃えて、皆、洞窟に隠していた。  そこで、見たものは、丑の刻参り?藁人形のようなものを、洞窟の壁に打ち付けている人影。そっと逃げたが、灯りが無ければ何も見えない。電気を付けた途端、目の前に居た。  耳に残りそうな、叫び声。そして暗闇。 「何の事件だっけ?これ?」  あれこれ、在りすぎて混乱する。この少年は、追われた恐怖で、『止まれ』の暗号を見て進むなど出来なかった。海に転落してもおかしくはない。けれど、最後に見たのは、鬼のようとしか言いようのない、歪んだ女性の顔だった。
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