第1章

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 遠野の父親が、腰を抜かすばかりに驚いていた。 「…人違い」 「窓辺で、俯いている少年」  窓辺?結構広い。再び灰を飛ばすと、少年が浮かんできた。 「克己?どこに居たの!克己!」  母親が近寄るのを、御形が手で止める。又、灰が飛んでいかなくて良かった。  少年に海藻が絡まっていた。目の中から、蟹が落ちてくる。死んだ辛さから抜け出していない魂だ、これでは会話ができないどころか、俺はもの凄く怖い。 「君は亡くなっている。もう怖くないよ、痛くないよ」  御形の父が、穏やかに諭す。良かった、俺はゾンビが苦手で、凝視できなかった。  後ろに下がってしまった俺を、やんわりと御形の手が支えていた。大丈夫、もう怖くない。  灰を足すと、実体化が加速する。 「父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、ごめんなさい。あと居ないけど、ずっと探してくれた兄ちゃんに、ありがとうと伝えて」  海藻が消えてゆく。ジャージ姿の普通の中学生になった。 「有働先生を探しに、洞窟に入ったら、丑の刻参りの女性に遭った、逃げた。海まで逃げた、飛び込もうか迷ったら、突き飛ばされていた。海は暗くて冷たかった」  これは殺人なのだろうか? 「どんな女性でした?」 「般若」  俺にもそうは見えたが、それは人間が憤怒でなる表情で、顔の特徴ではない。 「髪の長さは?」 「短かった」 「身長は?」 「母さんくらい」  ひとつひとつ聞いてゆくしかない。御形は、聞いた特徴を、持ち込んでいたパソコンに全て書き込んでいた。 「ごめん、最後に教えて。最近、洞窟で泣いていたか?」  克己が首を振っていた。 「洞窟は怖いから、ずっとここに座っていたよ」  洞窟の鳴き声は別の霊か、生きている人間らしい。 「少し、家族と話していいよ。そうしたら、又消えるけど、二度目の死になる。今度は光に向かって歩いて行って欲しい。誰にも気付かれないことは寂しいだろ?」  克己少年がうなずく。俺は除霊することも、祓うことも、成仏、天に昇らせることもできない。実体化を解除する時に、疑似的に、又死がやってくる。その時に、自力で成仏してもらうほかはない。 「おじさんも協力するよ」  御形の父が、小声でお経を唱えていた。  御形の父のお経は凄い。非常に細いが、螺旋の光になって天へと伸び続けていた。 「御形、お経を覚えろ」 「命令形かよ。俺は、寺を継がないよ。一穂が跡取り。末っ子が一番可愛いからな」
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