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遠野の父親が、腰を抜かすばかりに驚いていた。
「…人違い」
「窓辺で、俯いている少年」
窓辺?結構広い。再び灰を飛ばすと、少年が浮かんできた。
「克己?どこに居たの!克己!」
母親が近寄るのを、御形が手で止める。又、灰が飛んでいかなくて良かった。
少年に海藻が絡まっていた。目の中から、蟹が落ちてくる。死んだ辛さから抜け出していない魂だ、これでは会話ができないどころか、俺はもの凄く怖い。
「君は亡くなっている。もう怖くないよ、痛くないよ」
御形の父が、穏やかに諭す。良かった、俺はゾンビが苦手で、凝視できなかった。
後ろに下がってしまった俺を、やんわりと御形の手が支えていた。大丈夫、もう怖くない。
灰を足すと、実体化が加速する。
「父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、ごめんなさい。あと居ないけど、ずっと探してくれた兄ちゃんに、ありがとうと伝えて」
海藻が消えてゆく。ジャージ姿の普通の中学生になった。
「有働先生を探しに、洞窟に入ったら、丑の刻参りの女性に遭った、逃げた。海まで逃げた、飛び込もうか迷ったら、突き飛ばされていた。海は暗くて冷たかった」
これは殺人なのだろうか?
「どんな女性でした?」
「般若」
俺にもそうは見えたが、それは人間が憤怒でなる表情で、顔の特徴ではない。
「髪の長さは?」
「短かった」
「身長は?」
「母さんくらい」
ひとつひとつ聞いてゆくしかない。御形は、聞いた特徴を、持ち込んでいたパソコンに全て書き込んでいた。
「ごめん、最後に教えて。最近、洞窟で泣いていたか?」
克己が首を振っていた。
「洞窟は怖いから、ずっとここに座っていたよ」
洞窟の鳴き声は別の霊か、生きている人間らしい。
「少し、家族と話していいよ。そうしたら、又消えるけど、二度目の死になる。今度は光に向かって歩いて行って欲しい。誰にも気付かれないことは寂しいだろ?」
克己少年がうなずく。俺は除霊することも、祓うことも、成仏、天に昇らせることもできない。実体化を解除する時に、疑似的に、又死がやってくる。その時に、自力で成仏してもらうほかはない。
「おじさんも協力するよ」
御形の父が、小声でお経を唱えていた。
御形の父のお経は凄い。非常に細いが、螺旋の光になって天へと伸び続けていた。
「御形、お経を覚えろ」
「命令形かよ。俺は、寺を継がないよ。一穂が跡取り。末っ子が一番可愛いからな」
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