第1章

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 旅館では、飛び込みの客が来てしまい、確保していた部屋を使ってしまっていた。当初、女将は客の宿泊を断るつもりだったが、非常に具合の悪い妊婦で、その旦那に泣き付かれてしまったらしい。今は、何かあったら大変だと、女将が看病までしている。  直哉の千里眼で、聞かなくても事情を知ってしまった。 「俺達、ここに泊まります」  布団は用意してくれた。 「ごめんなさいね…」  謝っているが、息子の姿を見て、嬉しさがこみ上げているようだった。  部屋に泊めて貰うのには、他に理由もあって、暗号の読み方が知りたかった。山上は、兄二人から伝授されていて、非常に詳しかった。簡単にまとめて、山上が図式で説明してくれた。  山上の属する、山之内チーム(地名が山之内らしい)にも暗号があり、肝試しに参加していた。  比較的、山近くまでの地理にも詳しいチームなので、設定されたコースによっては優勝の可能性があった。山上は、暗号を読む担当であった。  他に、五年前に何があったのか知りたかった。  当時は、小学生だったので、山上も良くはしらないが、亡くなった先生は、元々は結構人気の先生だったらしい。山上には兄が二人いたので、兄による情報だった。  やさしくて、アイドルのような顔立ちの有働先生。  でも、悪い噂が立ち出した。ホテルから出て来る先生を見た。不倫だ。実際は、ホテルではなく、レストランで、しかも、歓迎会だったらしい。  話題になるので、皆が言う。  根も葉もない噂である筈だったが、ある日を境にその噂に信憑性が増していった。音楽の田中先生と、有働先生はデキている。  深夜になってしまったので、眠る事にしたが、山上が幾度も、明日は自分が道を案内してやるからと念を押していた。  朝、居間に朝食を用意しているからと、声を掛けられて行ってみると、夕食?というような豪華な食事が用意されていた。 「あの、俺達の朝食は?」  朝食に、鯛の刺身や、すき焼きは食べない。「そこにあるのが、朝食ですよ」  これ?暫し固まる。しかし、食べ始めると大変においしく、完食してしまった。 「ごちそうさまでした」  女将の紀美子が、改めて礼を言いにきていた。 「助かりました。本当に、ありがとうございます」  昼食にどうぞと、重箱を持たされてしまった。俺達の食欲は、何人前に見えたのだろうか。重箱がかなり大きかった。
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