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ここで、母の決め台詞を言わなくてはいけない。
「あの山上さん、今回、霊障ではありませんでしたので、お代はいりません。しかし、ここでの食事と宿泊は、ありがたく頂戴させていただきます」
霊障ではないけれど、治ったからと、紀美子は封筒を差し出したが、俺は受け取らなかった。これは、黒井家の決まりのようなものだ。直哉には悪いが、黒井家の決まりを守らなければ、母にも怒られる。
蓮との待ち合わせがあるのでと、素早く山上旅館を後にした。
海へと向かう道は、比較的、空いていた。思ったよりも早く到着すると見込まれたので、途中、海からの洞窟の入り口に行ってしまった。
海から洞窟へと抜けている口は、幾つかあるが、崖の中腹にある水没しないものを選んだ。
直哉が、泳げないからだ。直哉、水に入ると、時々、パニックになる。
「俺、海、苦手みたいだよ」
直哉が、崖から落ちたら海という状況に、顔が青冷める。
水面から、五メートル弱。激しい波ならば、洞窟に入ってくるかもしれない。
洞窟に入ると、その十メートル奥のあたりにコンクリートの祠があった。
「これ、家の後ろにある、神様だよね」
余り言いたくないが、これ寺社ではなく神社が近いのではないか。
海が近いせいか、勝手に過去が見えてくる。
蓮が、俺と同じことを言っている。これは、祠で寺社ではない。
でも、かっこいいから、これでいい。仲間の数人が、腕組みして祠を眺めていた。
次に、蓮を抜かした数人が、ここで何かを話している。小さな声で聴くことができなかった。
「これ、蓮が設置した祠だ」
直哉が、洞窟の中を透視していた。
「なあ、典史、この洞窟、どこの洞窟にも繋がっていないよ。すぐ行き止まり」
入口自体が、『止まれ』なのか。
「もしかして、直哉、この洞窟、奥に何か隠しているよ…」
祠の奥に進んでみると、下に大きな穴が開いていた。穴の中に波が見えている。岩を削って足場のようなものが造られているので、釣りの穴場なのかもしれない。
穴の中に降りてみると、下には、横に進む細い通路のようなものが造られていた。パイプを岩に打ちこんだだけのものだが、足場にして横に進むことができる。
パイプの先には、小さな浜と、幾つかの岩場があった。やはり、足場を造ったのは、釣りの連中だろう。誰も来ない浜は、釣りのスポットに最適だった。
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