109人が本棚に入れています
本棚に追加
事件のあらましは分かった。全員が、少しタイミングが悪かったのだ。極悪人が居たわけではない。
「だけど、俺が一番の悪人」
悪人?水を媒体に過去を見ようとしたが、こんな時にペットボトルを忘れてきた。位置が分からないが、海の水を使用して過去を見ることにした。
中学の音楽教師の父、小学校の音楽教師の母。音楽で繋がった、音楽一家だと言われていた。父は、海を見ながらピアノを弾く生活が夢で、別荘を改築し移り住んだ。
毎日が幸せだったはずなのに、父は母には内緒で愛人を造った。
母は父の愛人に、気付かないふりをしながら、父と愛人に呪いを掛けていた。
それでも、毎日、笑い合う家族だった。笑顔の下には、何も無かった。
そして、愛人が亡くなった。父は、何故、愛した人が亡くなったのに、悲しむことをせずに保身ばかりを考えるのだ。母は、何故、憎んだ人が亡くなったのに、今度は残った父まで呪うのか。人は難しい。
「風が刑を決めた。父の車のサイドブレーキを戻したのは俺。俺が崖から落ちて死ぬかと思ったけど、父が死んだ」
田中、海に向かってタクトを振っているようだった。
「窓を開けてピアノを弾いていたら、母が来た。母は、睡眠薬と酒を飲んでいた。一曲聴いてと言ったら、途中で眠った。そのままで来た、凍死まではいかないね」
やっと田中が振り返った。そこに、雲が流れ月が見えてきた。明るくなると、僅かだが顔の表情が見えた。田中は、笑っていた。
「天使が来たから、俺の罪が裁かれる番なのだろ?」
やはり、天使。
「ごめん…天使ってまさか俺達のこと?」
話の筋とは異なるが、どうも確認しておきたかった。
「…翼、見えているけど。もしかして、隠しているの?」
「そっちの直哉は、どう見えるの?」
翼は特に隠してはいなかったが、見えているとは思っていなかった。
「翼は無いけど、全身、光って見える、人間じゃないよね」
やはり、田中、人間と天使は区別できているようだった。
月明かりで崖の下を見ると、三階か四階あたりの高さはあるのかもしれない。直角に近く切り立ってはいるが、草木は生えている。
下は岩場ではなく、海のようだった。
「俺は、裁きはしないよ。ただ、人間と生きるために生まれた」
話しながら、田中に近寄ってみる。
「天使ってきれいだな。愛人だって、男だって…何だって、俺は好きならしょうがないと思ったよ」
最初のコメントを投稿しよう!