第1章

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 事件のあらましは分かった。全員が、少しタイミングが悪かったのだ。極悪人が居たわけではない。 「だけど、俺が一番の悪人」  悪人?水を媒体に過去を見ようとしたが、こんな時にペットボトルを忘れてきた。位置が分からないが、海の水を使用して過去を見ることにした。  中学の音楽教師の父、小学校の音楽教師の母。音楽で繋がった、音楽一家だと言われていた。父は、海を見ながらピアノを弾く生活が夢で、別荘を改築し移り住んだ。  毎日が幸せだったはずなのに、父は母には内緒で愛人を造った。  母は父の愛人に、気付かないふりをしながら、父と愛人に呪いを掛けていた。  それでも、毎日、笑い合う家族だった。笑顔の下には、何も無かった。  そして、愛人が亡くなった。父は、何故、愛した人が亡くなったのに、悲しむことをせずに保身ばかりを考えるのだ。母は、何故、憎んだ人が亡くなったのに、今度は残った父まで呪うのか。人は難しい。 「風が刑を決めた。父の車のサイドブレーキを戻したのは俺。俺が崖から落ちて死ぬかと思ったけど、父が死んだ」  田中、海に向かってタクトを振っているようだった。 「窓を開けてピアノを弾いていたら、母が来た。母は、睡眠薬と酒を飲んでいた。一曲聴いてと言ったら、途中で眠った。そのままで来た、凍死まではいかないね」  やっと田中が振り返った。そこに、雲が流れ月が見えてきた。明るくなると、僅かだが顔の表情が見えた。田中は、笑っていた。 「天使が来たから、俺の罪が裁かれる番なのだろ?」  やはり、天使。 「ごめん…天使ってまさか俺達のこと?」  話の筋とは異なるが、どうも確認しておきたかった。 「…翼、見えているけど。もしかして、隠しているの?」 「そっちの直哉は、どう見えるの?」  翼は特に隠してはいなかったが、見えているとは思っていなかった。 「翼は無いけど、全身、光って見える、人間じゃないよね」  やはり、田中、人間と天使は区別できているようだった。  月明かりで崖の下を見ると、三階か四階あたりの高さはあるのかもしれない。直角に近く切り立ってはいるが、草木は生えている。  下は岩場ではなく、海のようだった。 「俺は、裁きはしないよ。ただ、人間と生きるために生まれた」  話しながら、田中に近寄ってみる。 「天使ってきれいだな。愛人だって、男だって…何だって、俺は好きならしょうがないと思ったよ」
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