109人が本棚に入れています
本棚に追加
気付くと、頭をしっかり押さえ込まれ、強く抱き込まれていた。年下に、抱き込まれてキスされるのなんて、だんだん腹が立ってきた。足掻いて田中から離れようとしたが、案外、力が強かった。
「すごく、きれい。目が…月の光みたいだ」
波間に浮かびながら、再びキスされていた。冬の星が、雲間から覗いている。このままでは、凍死してしまいそうだった。
「おい!」
「はい」
笑顔で返事をされて、少々戸惑った。
「陸地に行く!」
「はい!」
否定は許さないつもりで言ったが、田中は元気に返事をしていた。
やっと陸地に行くと、田中を降ろして、へたり込んだ。とにかく、疲れた。
「直哉、無事か?」
「無事」
直哉が、何度もくしゃみをしていた。
「直哉。ここ、どこだ?」
「海の近くとしか分からない」
かなり流された気もするが、余りの寒さに歩く元気もない。
恭輔の案内で、蓮が車で来てくれたが、その助手席には御形が乗っていた。
急ぎ着替え、毛布にくるまってみたが、寒さが止まらなかった。バイクで来ていたので、温まったら運転して戻りたい。
「田中は無事か?」
蓮が田中の面倒を見ていた。
「このままだと、風邪よりも、肺炎になるだろう。家に帰す」
こちらも、寒さで死にそうだったが、先に田中を家に戻した方がいいだろう。一人よりも二人の方が温かいかと、直哉の毛布に潜り込むと、御形が睨んでいた。
蓮が田中の家まで、車で乗せて来てくれたが、まだ寒さの震えが止まらなかった。バイクをこのままにはしておけない、帰るか。覚悟を決めると、車の外に出た。
「田中、お母さんをちゃんと、受け止めろ」
田中が、笑顔でうなずく。どうも、この田中の笑顔が分からない。崖から飛び降りる奴の笑顔とは何なのか?
「田中、聞いてもいいか?」
「どうぞ」
玄関に入る前に、田中が立ち止まった。
「自殺願望ってあるのか?」
「どちらかというと、いいえ、です。自分の生を掛けて、風に善悪を聞いている、とでも、思ってください。助かったならば、精一杯、生きます」
占いの一種にしては、際どい。自分の生死をかけているのが。
「…、風に善悪を聞くのは、もう止めて」
そんなことをしていたら、いつかは死ぬ。
「そうですね、天使に出会えたのだから、今度は天使に聞きましょうか…」
俺は、正直、ものすごく寒い。そして、田中とは、あまり係り合いたくない。
最初のコメントを投稿しよう!