第1章

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「では、又、キスさせてください。ありがとうございました」  田中が笑顔で、家の中に入っていった。さてと、バイクで帰るかと、踵を返した時、睨んでいた御形と目が合った。御形の表情から、愛想の部分が、きれいさっぱり消えていた。これは、かなり怒っている。 「あとでな、黒井」  御形、声のトーンが低い。戻っても、御形には近寄りたくない。  蓮の祖母の家に戻ると、先に帰っていた蓮が風呂を用意していてくれた。風呂に入ると、やっと体が温まるかと思ったが、どうもまだ寒かった。  布団に潜っても、寒い。直哉も同様のようで、がたがたと震えてしまっていた。  翌日、丁重に蓮の祖母に泊めてくれた礼を言って帰宅したが、どうも、途中の記憶が無くなりそうになるほど、寒気がしていた。 「バカは風邪をひかないというけれど、風邪だろうね」  御形の家に到着すると、御形が嫌味を言いながらも、部屋に暖房機を追加し温めてくれた。直哉も同じように、毛布にくるまっても震えていた。 「…蓮の中学時代を聞くのを忘れた」  ふと、何か忘れていたことを思い出した。だいたいの概要は掴んでいるが、まだしっくりと来ない。 「…黒井、俺も、あれこれ聞きたいが、我慢しているのは分かるかな?」  御形の笑顔が怖かった。目が、全く笑っていないのに、顔に筋肉だけで御形が笑顔を造っていた。俺が、とにかく早く、謝ったほうがいいだろう。 「御形…」  起き上がり、正座のしようとすると、御形に、止められた。 「後でいい。今は、寝ていろ」  目を閉じると、すぐに眠りに落ちてた。  これは、蓮の過去だった。仲間の過去は、見てはいけない。夢のようだから、目覚めあければいけない。そう、思っていても、目が開かなかった。  同じように、直哉も現れ、壁を殴ったりして目覚めようとしていた。 「ダメだな」  直哉がうなずく。  中学三年生、受験生だった。学校では、だんだんと、受験の緊張が増してきていた。まるで、人生がそこで変わるかのような、絶望と希望と、焦燥感。勉強をしなくてはいけない、と、追い込む日々。  そんな殺伐な時期でも、同じ状況という仲間が居た。ライバルとは言うが、同じ状況という、分かり合える何かは流れている。  そんな時に、海に設置した祠を見に行くと、抱き合う先生を見つけてしまった。
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