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御形が、田中の名前を聞いて、顔から笑みが消えていた。最初から舌を入れて、御形がキスをしてくる。絡まる舌に、心臓がバクバクしてきた。
「ストップ御形」
これ以上したら、人前に出られなくなりそうだった。
「俺も田中君に会いましょうかね…」
御形、まだ、怒っている。
居間で待っていた田は、昨日の詫びだと菓子折りを持ってきていた。隣に田中の母親も座り、丁寧に礼を述べていた。
母親も無事で何よりだった。
「黒井先輩、二人きりで話してもいいですか?」
御形が身構えた。
「ここで、話せないことか?」
田中、どこか飄々とした雰囲気だが、どこにでも居る中学生にも見えた。
「まあ、いいでしょうかね。俺を助けたのだから責任を取ってくださいね。まず、当座、俺は黒井先輩と、雑賀先輩を助けることを、生きる目的にしました」
どういう目的なのだろうか。
「俺は、風が読めます。そのことを、忘れないでください。助けますから」
それはいいよと断ろうとして、直哉が入ってきていた。
「助けなくていい。代わりに友達になろう」
直哉、田中に弟の影を見ているのかもしれない。能力を持ったが故に、孤独を抱えているだろう面が似ていた。
「友達になってもいいのですか?それは、嬉しいな」
田中が笑った。どこか大人びているが、笑うとまだあどけない。
「よろしくお願いします」
人間離れした友達なんて欲しくない。でも、笑う田中を見ていると安心する。自分の生死をかけて、善悪なんて決めなくてもいい。
田中が親に連れられて帰ってゆくと、何だかやっと終わった気がしてきた。風も海も、もう誰も罰することはない。
「あっ、もうひとつ遠野家があったっけ」
事件の真相をどう説明しようか。
「それならば、親父が上手く言ってくれているみたいよ。もう、恨む事を忘れて生きるようにとかね」
何故、遠野が、洞窟で有働を探したのかは分からないが、それぞれに正義だったのだろう。周囲が見えない正義というのが、中学時代にはあるものだ。
「食事にはまだ間があるし、御形、一緒に風呂に入ろう。直哉でもいいのだけれど」
「俺が、黒井と入ります」
今日は、誰かと一緒に風呂に入りたかった。
「俺、後で、一人で、ゆっくり入るよ」
直哉は、俺の目論見が分かっているようで、避けるように部屋に帰ってしまった。
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