美紗子の章

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それから私は実家がある地方都市の名を「ランチの女王」に入力してみた。 私が結婚するまで住んでいた場所だ。 高校までは割と真面目に勉強していたから、遊びのデビューは大学に入ってからだった。 大学合格の興奮状態を保ったまま、ハイテンションな毎日が始まり、その頃、秀幸に出会った。 秀幸‥ 私が心から好きになった人。 そして、初体験の相手。 でも、たった一度だけで彼は遠ざかって行った。 「何故?何故?どうしてなの?」 堂々巡りする悔しさはどれ位の時間続いただろう。 でも、私はそんな感情を押し殺した。 惨めな女の子と思われるなんてまっぴらだ。 誰だって経験する事、若い時にはよくある出来事と自分に必死に思い込ませた。 あの頃の仲間からの情報によると、秀幸は大学卒業後、サラリーマンをして貯めたお金を元にイタリアンレストランを開店したらしい。 腕の良いシェフを雇い、店の内装にも凝ったのですぐに人気店になり、三年後勢いのままスペイン料理の姉妹店もオープンさせたそうだ。 「でも、不況のせいか最近はお客さんも減って二号店は閉めて、最初の店の方も景気悪いんだって」 先月、実家に帰った時、今も連絡を取り合う大学からの友人の由美が教えてくれた。 「へぇー」 「秀幸も心労ですごく痩せたんだって」 「ふぅん」 私は関心が無い風を装おって、話題を変えた。 「そう言えば、うちの子が行ってる学校に、女優の○○の子どもがいてさ…」 「うん、うん」 由美は東京の話をすると、いつも目を輝かせて、身を乗り出す。 そして、決まって最後に「美沙は良いよ、勝ち組だもんね~、いい旦那ゲットしたよ。」と付け加えるのだ。 私は大学を卒業してから、就職し、社内で知り合った今の夫と結婚した。 もう、浮ついた男には懲りていたから、地味でも真面目に仕事をして、何より私を愛してくれる人を選んだ。 勤めている会社は証券会社で、お給料も悪くは無い、そこそこ幸せで平凡な結婚をしたと思った。 が、それは嬉しい誤算だった。 夫の仕事に対する姿勢が買われたのか、たまたま良い上司に恵まれたからなのか、異例の抜擢で東京勤務となり四十代の若さで取締役になるスピード出世を果たした。 だから、東京の私立小に子供を通わせて、専業主婦の私も、そこで知り合ったママ達と週一、二回のランチに行けるのだ。
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