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「……やるか」
天音は意識を高めて行く。頭の中で技のイメージを固め、そしてそれを現実にて昇華させる。これをやるのはいつ以来だろうか。多分、もう随分と久しぶりだろうが、天音はこれといった不安も抱かずに、その境地へ足を踏み入れく。
いつの間にか世界から音が消えていた。ナックル・ボアの速度が酷く遅く感じられるのは、天音の高い集中力が極限とまで言える境地まで引き上げられた恩恵とも言えるモノだ。
天音にとって、この全てが遅延した世界は初めての経験では無い。地球にいた頃から時たま入っていたこの状態は、言うならば思考を限界まで高速化した世界。凄まじい速度で外部情報を処理し、まるで世界が遅れているかのような錯覚を得ているだけだ。
(前の俺だと、身体の速度が思考に追いつかなかった。けど、今の俺ならーーー)
知らずの内に笑みを浮かべていた。思考は高速で巡り、身体も動く。十全かといえば、まだだ。まだ、身体のほうが反応するこに遅れがある。それでも地球にいた頃よりは遥かにマシであり、無限の成長の可能性があるこの世界ならばーーー。
天音は刀の柄に手を掛け、短く呟く。
「一閃」
天音の職業『居合剣士』に於いての初期アーツの一つ、『一閃』。
アーツというシステムはいわばプレイヤーにとっての必殺技のようなモノであり、基本的にレベルアップと共に習得したり、既存のアーツが強化されたりする。
アーツはASように使用後にクールタイムは必要無く、システム状は連発しても問題は無い。しかし、アーツを使用すると過度の肉体疲労が訪れる。あまり多用すると体力切れでまともな戦闘が行えなくなるそうだ。
世界が元に戻る。物の見事に身体を両断されたナックル・ボアは突進の勢いをそのままに、天音の僅か横を転がっていた。暫くしてその身体は光の粒子に包まれ、消えて行く。
「……ああ、やっと追いついた」
モンスターとは言え生き物を殺した。そんな事実とは裏腹に天音の心の中に広がるのは言葉に出来ない程の充足感。長年自分を縛っていた肉体から解放された事を認識した天音は、暫くの間一人喜びに打ち震えていた。
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