episode-01

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 理科準備室の鍵を俺が持っていたのは化学部部長の特権で、そこは俺たちが用を足すのに便利な場所の一つだった。 『用を足す』  いつからその行為をそんな風に軽く思うようになったんだろう。少なくとも俺がキシロと付き合い始めた一年前は、その行為を『キシロを抱く事』をもう少し真面目に考えていたはずだ。 「奥寺、何考えてんだよ?」  だらしなく着崩したYシャツ、胸元から見える白い肌に浮いた鎖骨が、いつも通り俺の唇に啜ればいいと誘っている。椅子に深く腰掛けたまま、キシロは面倒くさそうに俺を見上げていた。大きな瞳には艶やかに伸びた長い睫毛、脱色した金髪が冬の日差しに照らされキラキラと輝いている。少女漫画ばりの美少年だ、というのが初めて見た時の印象だった。 「さっさとやれよ?昼休み終わんだろーが。」  しかし口を開いた瞬間そんな幻想もすぐに打ち消される。  キシロは成績も素行も悪く学校も休みがちで、休み時間には体育館裏で煙草を吸う昔ながらの不良少年だった。 「…キシロ…そんな言い方すんなって…」 「いいじゃん別に、やりたいだろ?」  赤い唇を尖らせて、俺と体を重ねる事を催促する。簡単に。  キシロにとってその行為はもう呼吸のように当たり前の事になっているんだろうか。 「ん…、したいっちゃぁ、したいんだけどさ。」  俺は大きなため息をついた。白い息が二人の間にふんわりと広がる。今朝は今年一番の冷え込みと、朝のニュースで言っていた事を思い出した。6畳ほどの理科準備室には残念ながら暖房設備が無い。冬になると先生が自前の電気ファンヒーターを持ち込むが、11月に入ったばかりの今はまだそのファンヒーターも置いていなかった。 「したいなら、早くやれよ」  強引に俺を引き寄せると、キシロはそのまま深く唇を求めてきた。それが手順通りの慣れたキスでも、キシロの温かく柔らかい唇に触れるだけで、俺の体は芯から簡単に熱くなってしまう。スイッチが入ってしまえば結局もう止める事は出来ない。お互い満たされるまで、奥の奥まで求め合うだけだ。 *  俺達の関係が始まったきっかけは、一年前の話に遡る。  塾帰りに立ち寄った駅前のゲーセンで俺は偶然キシロと出くわした。人気格闘ゲームの対戦台で連勝をあげていたキシロは、眠そうな目を擦りながら対戦相手を次々と倒しギャラリーに囲まれていた。 「へぇ、柏葉すげぇじゃん」
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