17人が本棚に入れています
本棚に追加
その頃俺はキシロの事を”柏葉”と苗字で呼んでいた。
振り返ったキシロは俺の顔をじろりと見た後「奥寺も俺と対戦する?」と自信満々に言い放った。
「いいよ」
そう答えて俺は丁度空いたばかりの対戦台に腰掛けた。
「せっかくだから、なんか賭けよーぜ?」
ニヤニヤとキシロが挑発する。
「いいけど」
「じゃあ負けた方は勝った奴の言う事をなんでもきくってのはどうよ?」
そう言ったのはキシロの方だった。多分連勝続きで相当自信過剰になっていたんだろう。
「いいね、じゃあそれで」
コインを入れて、俺達はすぐにゲームを始めた。
俺が中学の頃、そのゲームの全国大会で準優勝をした事をキシロは勿論知らなかったし、その事実を知っていれば、俺たちの関係が始まる事は無かっただろう。ズタボロに負け呆けていたキシロをゲーセンから連れだして、俺は約束通り無茶な注文を押し付けた。
「俺と付き合えよ、柏葉」
「はあ?」
ひと気のない夜の親水公園にキシロのすっ頓狂な声が響く。
唖然とした顔で凝視するキシロの胸ぐらを、乱暴に掴んで引き寄せた。
「勝った奴の言う事をなんでもきくって賭けだったろ?」
息がかかるぐらい距離を詰めると、キシロも負けじと睨みつけてきた。
「奥寺、お前頭おかしいんじゃねーの?」
「おかしくねーよ、俺はお前がいいんだよ」
「キモいし、意味わかんねぇし」
「黙れって」
華奢なキシロと、十年以上空手を続けてきた俺の腕力とでは圧倒的な差があった。強引に唇を奪って、そのまま頬へ、耳へ、そして首筋に舌を這わせると、キシロは抵抗するのをすっかりやめ、呼吸を乱し、頬を紅潮させていた。
「可愛いじゃん、柏葉」
「…う、うっせぇ…」
多分キシロは何もかも初めてだったんだろう。その初々しさが余計に唆る。俺が耳元をくすぐるように舌を動かす度、キシロは声を殺して体を震わせた。
「感じてんの?」
「…ん…んーん、…ちが」
こんな簡単にキシロを懐柔出来るなんて思ってもいなかった。ゲームの賭けはきっかけにすぎず、ほぼ腕力で制圧したようなもの。なのにキシロはすっかり自分を見失い、俺の愛撫に素直に反応してしまっている。
流石にいつ人が通るかわからない公園でそれ以上の事は出来ず、その日はそこで終わりにした。シャツのボタンを留めるキシロの耳元で「約束だからな、俺と付き合えよ」と囁くと奴は何も答えず駅の方へ立ち去った。
*
最初のコメントを投稿しよう!