第1章

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ガラス戸の玄関扉から漏れる街灯の光のもと、腕時計を見ると、24時1分前だった。   大きく深呼吸して、目を閉じる。 みんな、さようなら。高校の友達、地元の友達、ご近所のみなさん、そして、愛しの、というには少し照れくさい彼。 あたしは今日、夜逃げします。……ていうか、本当は逃げ出したいところへ行くわけだけど。 そのとき、築40年以上の我が家の、横開きの玄関がガラガラっと音をたてた。 あたしは、びくっと体を震わせ、目を見開いた。 暗闇の中、街灯の明かりをバックに現れたのは、真っ黒い影、ではなく、よく見ると黒いシャツに黒いスラックスという黒ずくめの服を着た、サングラスの男だった。 とうとう、来た!本当に、来た! あたしは少しのけぞりながらも、気を引き締めてゆっくり立ち上がった。慣れない正座なんかしていたからか、足がしびれてふらついた。 親玉本人は来ないだろうとは思っていた。なにせ愛人の迎えなんだから。使いがくるだろうとは思っていたけど、現れたのは、暗闇の中でよくはわからないけど、想像以上に若そうな男が一人だけだった。 「準備はいい?」 若い男は、これから旅行にでもいくような軽いノリで言った。 「……はい」 あたしは恐れながらもうなずくと、脇においてあるカバンを持ち上げようとした。 「ああ、いいよ。俺持つから」 相当詰め込んだので、だいぶ重いはずの荷物をその男は軽々と持ち上げた。 かなりフレンドリーな対応に拍子抜けしながらも、慌てて靴を履き、家の中を振り返った。 たくさんの思い出をありがとう。絶対忘れないからね。 家に一礼すると、ゆっくりと玄関を出、扉を静かに閉めて鍵をかけた。 「あとのことは任せておいて」 あとのことって、なんだろう。家のこと?それとも、これからあとのこと? 緊張で、手に汗をかいていた。聞きたいことも恐怖でうまく口が開かない。
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