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「うん、僕ココア飲む」
目を輝かせて、航くんは大きくうなずいた。幼い息子の好物を知っているなんて、家元はきっといい父親なんだと思った。
次々と料理が運ばれてきて、その一つ一つを味わっておいしく食べた。
そういえば、昨夜は緊張のあまり食事らしい食事をしていなかった。自分がどんなにおなかをすかせていたか、料理を目の前にして初めて自覚した。
食欲の旺盛さをみかねてか、あたしが食べ終わるのを待ってから、家元が話し始めた。
「高校の転入手続きは済んでいるから明日から行くといい。森野が毎日送っていくからね。その学園は私の知り合いが理事長をしているから、安心して勉学に励みなさい」
何からなにまで手配してくれている家元に、あたしは心から感謝した。
「俺の母校なんだ。自由な校風だから、菜月もきっと気に入ると思うよ」
「智樹さんの……」
あたしが感慨深く感じ入っていると、家元が思い出したように言った。
「そうそう、理事長には既に事情を説明しているが、当面は智樹とは親戚ということにしておいてほしいそうだ。そのほうが菜月さんにとっても何かといい、とか言っていたな。私は別に隠す必要はないと思うがな」
いやいや、転校生が既に人妻なんて、相当目立つに違いない。あたしは心の中で理事長の意見に賛成した。
「今日はこれから俺が家の中を案内するよ。午後は外せない講義があるから大学にいかなきゃならないけど、それまでね」
「ああ、そうしなさい。なるべく二人は一緒にいるほうがいい。なんといっても夫婦なのだからな」
家元は陽気に笑った。
そりゃあ、智樹さんともっといろいろ話したいし、仲良くなりたいけど、やっぱりまだ照れる。
そこに、ココアを飲み終えた航くんがとことこと近づいてきて、あたしの袖をひっぱった。
「なっきおねえちゃん、遊ぼう」
くりくりの目で舌足らずに言われると、キュンとする。なんてかわいい義弟だろう。
「じゃあ、航くんがお昼ご飯食べてから一緒に遊ぼう」
背中を曲げて、ゆっくり言うと、航くんは大きくうなずいた。
「わかった。やくそくね」
そう言ってにっこりし、航くんは奥様のもとに戻った。
「今日はおりこうだな。航。いつもは言ってもきかないのに」
智樹さんは感心して笑った。ああ、この笑顔。本当に素敵だな、と改めて思った。
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