第1章

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防音のような分厚いドアを開けると、大きな窓からの太陽の光に満ちたスタジオにいたのは、さわやかな表情、そして奇抜なポーズをとっている奥様だった。 「航ぼっちゃんに起こされてましたので、お連れしましたよ」 「まあ、航ったら。菜月さんに会えるのを楽しみにしていたから、はしゃいでいるのね。許してあげてね」 奥様は床に敷いた小さいマットの上に座りこみまた別のポーズをとっている。それに驚きながら、「いえ、そんな」と恐縮した。こんな時間まで寝ているほうが悪いのだ。 みつ子さんが「じゃ、がんばってね」とウインクして出て行こうとしたので、お礼を言って見送った。 「よく眠れたかしら?」 奥様は相変わらず変わったポーズをとりながら、にこやかに言った。そうか、これはヨガだ、とやっと気がついた。 「はい、あの、とても素敵な部屋を用意してくださってありがとうございます」 あたしは深々と頭をさげた。 「そんなかしこまらないで」 奥様は優しく笑って言った。 「これからは私たち家族なのよ。私、本当に娘ができて喜んでいるのだから。今度、一緒にお買い物いきましょうね。息子たちだけだとそういう楽しみがないのよ」 奥様は楽しそうに言った。 なんて素敵な人なのだろう。あたしは少しぽーっとなってみとれてしまった。母親の記憶はないから、こういう感じにとても憧れていた。母親と一緒にお買い物……。あたしは考えただけで、心が暖かくなるような気がした。 「そういえば、航くんって……?」 智樹さんの隠し子ですか?とも聞けず口ごもってしまうと奥様が笑顔で答えた。 「驚いたかしら。智樹を生んで10何年もたって妊娠しちゃったから、私たちも驚いたのよ」 奥様は楽しそうに次のポーズをした。 良かった。やっぱり弟かぁ。あたしは安心してほっと息を吐いた。 と、いうことはあたしの義弟になるのか。そう思ったら、急にあのかわいい航くんにより一層の親近感が湧いた。 「昨日は遅かったから、今日はブランチにしましょうね。その前に、菜月さんもこっちにきて」 奥様はポーズをやめ、あたし用にもう一枚マットを敷いてくれた。
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