第1章

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促されるまま、そのマットに座ると、奥様はあたしと向かい合わせに座った。 「今日から毎朝、一緒にヨガをやりましょう。ヨガはね、気の流れをスムーズにして心身にとてもよい影響を与えてくれるの。呼吸が大切なのよ。さあ、私の真似をして体を動かしてみましょう。はい、大きく息を吸って」 面食らいながらも、あたしは奥様の動きを追った。 奥様は慣れた様子でゆっくりと、ヨガというよりはストレッチのような格好をしてくれた。無理のないところから始めてくれたようだ。 「奥様はヨガの先生をやっているのですか?」 その手馴れた指導の様子に、あたしは体を伸ばしたり縮めたりして、気持ちよさを感じながら聞いた。 「昔はね。インドに行って勉強したこともあるのよ」 奥様は、ふふふと笑った。 「家元ともインドで出会ったの。あの人もヨガについて勉強にきていたわ。とても真面目な好青年だったの。あたしたちはすぐに恋に落ちたわ」 奥様は楽しそうに思い出し笑いをしていた。 「と、いうことは、家元はヨガの家元、ですか?」 そういうのは聞いたことはないが、意外とあるのかも、と思い訪ねると、奥様は笑いながら首を振った。 「いいえ。そうよね、菜月さん、何も聞いてないんだものね」 そういうと、ポーズをまた変えて続けた。 「鷹司家は気道の家元なの」 聞きなれない言葉にあたしは聞き返した。 「きどう、ですか?」 「そうよ。空気の気に道という字よ。気功は聞いたことがあるわよね。それと同じように、体の気の流れをコントロールするの。そして、その力を発揮するのが気道よ」 「気道……」 そんな言葉は聞いたことがなく、ぼんやりしていると、ポーズが変わったのに気がつかず慌てて動いた。 「ヨガはね、体の気を流れやすくする作用があるの。気道の初心者の人はヨガから入ってもらっているのよ。だから、今日から私と一緒に少しずつがんばりましょうね」 奥様はそう言ってにっこりと笑った。 気道の家元に嫁ぐということは、やはり気道なるものの勉強をしなくてはいけない、ということか。 気道ってなんなのか、もっと聞きたかったけど、だんだんポーズが難しくなってきたので、話している余裕がなくなってしまった。呼吸も整えないといけないらしいし。毎朝やってくれるなら、嫁として少しずつ勉強していこうとあたしは決意していた。
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