財布はカタル

2/7
217人が本棚に入れています
本棚に追加
/280ページ
「お客さん、来ませんね」  私はその言葉を思わず飲み込んだ。別にお客さんが来たからでは無い。ただ、その言葉を口にすることにうんざりしてきたからだ。私がこの店で働くようになってすでに一年近く、その間、お客と呼べる存在が訪れたのはほんの数えるほどだった。どうして私はこの店で働くことになってしまったのだろうかと、ため息すら吐きそうになる。そのような物憂い気分になるのも、今が金曜日の午後である事と必ずしも無関係では無いだろう。  元を正せば、短大を卒業し、就職先を見つけられなかった私を心配した母が、紹介してくれたのがこの店だった。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!