写真機はカタル

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 とにかく、今、この向智貴金属店には冷房装置と呼べる物が何もなかった。そのため、少しでも涼しくはならない物かと店の扉を開け放っていたのだが、彼女はそのためにこの店に迷い込んでしまったのだろう。 「秋田写真館というと、この店の写真が飾られているんですよ」  店長が新聞を広げながらそんな事を言う。店長が自発的に店の話をするのは珍しい。私は少し興味を持ち、話の続きを待つ。 「僕の父が生まれた時に、記念として店の前で撮ってもらったらしいんですけどね」  店長の父が生まれたときと言うと、今からだいたい五十年くらい前、いわゆる高度経済成長期だ。その頃の向智貴金属店は今よりも人で賑わっていたのだろうか? ふつふつと、その当時の店がどんな様子だったのか、興味が湧いてくる。 「見てみたいです」  私は思わずそんな事を言っていた。
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