ソバニ

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「ヴァン……」 まだ外も暗い真夜中、自分の名を呼ぶ声で青年は目を覚ました。 声の主は誰だか知っている。 上半身を起こしながら、青年は声が聞こえた自室のドアへと目を向ける。 やはり──そこには夜の闇に紛れた一人の小柄な少女が立っていた。 「……どうしたアイギナ?こんな時間に」 小柄な少女──アイギナ・ハーツは青年の問いかけに小さく首肯しつつ、彼の目の前にチョコンと座る。 見上げる瞳は、雨に濡れた子犬のように不安げな色に揺れていた。 「……夢、見たの」 「夢?どんな?」 「ヴァンが……遠くに行く夢」 ポツリと溢す声は儚げで、吹けば消えてしまいそうなほどに小さい。 それでも狭い部屋の中ならば、その声はヴァン・クロイツの耳に確かに聞こえている。 「私を置いて、一人でどこかに行くの。私は追いかけるんだけど全然追い付けない。そうして気付いたら、私は一人で暗闇の中に立ってた」 「……そうか」 呟くと、ヴァンは右手をそっとアイギナの小さな頭に乗せる。 サラサラの髪は触れるとかすかにシャンプーの匂いが立ちのぼった。 「大丈夫だ、アイギナ。俺はどこにも行かない」 右手で頭を撫でてやると、アイギナは気持ち良さそうに目を細めた。 「いつだって、俺はお前の傍にいる……だから安心しろ。絶対に離れたりしないから」 「……ん……」 言い聞かせるように目を見てまっすぐ言葉を投げると、アイギナは僅かに首肯した。 「ほら、部屋に帰って寝ろ」 そう言った刹那、ヴァンのシャツの裾を指先でクイクイと引っ張るアイギナ。 「どうした?」とヴァンが問うと、上目遣いにアイギナは口を開いた。 「……一緒に寝たい」 「まだ少し、不安だから」と付け足すアイギナの可愛さにヴァンは頭がクラクラした。 時折放たれる少女の虚飾なしのまっすぐな言葉は過たず青年の理性を穿ってくる。 いやいや落ち着け、アイギナはあくまで純粋に睡眠を所望しているだけだ。 「ほら」 一人分のスペースを空けてやる。 少女は猫のようにしなやかな動きでそこに体を納めると、すぐに安心したように寝息を立て始めた。 「……お前を置いていく訳ないだろ。まったく……」 最後にそうひとりごちて、青年もまた瞼を綴じた。 朝、起こしに来た幼馴染みが二人を問い詰めるのはまた別の話……
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