前を向いて

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「……閃?」 「うっせえ……こっち見んな、バカ……!」 そう罵倒されて、視線を逸らした。 だが閃の顔は見えなくとも、その耳が真っ赤に染まっていることくらい簡単に分かってしまう。 ……もしかして、照れているのだろうか?今まで散々「触んな」だの「近付くな」だの「殺すぞてめえ」などと他者を──特に男という生き物を──毛嫌いし、拒絶してきた、あの藤咲閃が? 自分を男だと称して、強がって生きてきた藤咲閃が、今は真っ赤になって俺という男の胸に顔を押し当てている。 照れている閃がなんだか無性に愛おしく感じて、ついその小さな頭を撫でてしまっていた。 「っ!?」 瞬間、閃の細い身体がビクリと跳ねる。 なるほど、他人を突っぱねていただけに触られるのは慣れていないらしい。 こんなに初々しい反応をする閃が信じられない──と言うか、斬新すぎるにも程がある。 いつでも強気で、負けん気が強くて、威勢が良くて、恐いものなんか何も無いというくらい自己を通してきた彼女が、濡れそぼった子猫みたいにプルプル震えて、ピクピクと反応しているのが──あまりにも、可愛すぎた。 「ば、バカやろっ……おいやめ、やめろよ……!」 いやいやをするように頭を左右に振りながらも、しかし決して手を払いのけたりはしない。 でも抵抗はしないんだなと告げれば、閃は「ぐっ……!」と言って押し黙る。 相変わらず表情は見えないが、言い負かされて悔しそうな雰囲気はひしひし伝わってくる。 若干ピリピリと殺気のような、怒気のようなものを閃が発し始めても、それでも俺は撫で続けた。 だって、こんなにしおらしくて可愛い閃は今まで見たことが無い。果たしてこれから先あるかも分からない。 この期を逃したらもったいないとさえ思ったのだ。 そう正直に告げれば、顔を真っ赤にして怒り出す閃。 「もう触んな!」と俺を突き放そうとするが、そんなこと許さない。これまでは極力“力づく”を避けて閃と接してきたが、ここで離せば男が廃る。 華奢な腰を引き寄せて、胸に彼女を抱き締めた。 「閃が好きだ」 「っ!」 「だから、離さない。離したくない」 「な、何言ってんだよ……恥ずかしいだろ……」 「これからずっと、一緒にいたい。なぁ、閃。傍にいても……良いか?」 答えはない。 閃は何も言わず、俺の背中に手を回してきただけだった。 終
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