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××× ──時計を見ると針は既に約束の時間の十分前を指していた。 あぁそろそろ行かなくてはと思い、青年は席を立つ。 今日は記念すべきめでたい日。いつものような粗雑な格好はできない。部屋を出る前に鏡を見ると、無愛想な顔をした男が鏡の向こうから見返していた──いや、これは自分自身か。 「……しかしいやに堅苦しいな、このタキシードというヤツは」 襟を正しながら文句を嘯く。 我ながら似合わないという自覚がある純白のジャケットはお節介な親友が見繕ってくれた物だ。癖だらけの黒髪も彼がわざわざセットしてくれた。 至れり尽くせりというほどの世話を焼いてくれた友人のことを悪く言うつもりは毛頭無いが、今日という日を自分よりも楽しんでいるのは、もしかして友人の方なのではないかと思ってしまう。 ……祝福の気持ちは確かに嬉しいものだが。 「と、時間か」 呟いて青年は踵を返す。 扉まで早足で歩く彼の口元には、柄にもなく緊張の色が浮かんでいた。 ××× 「ったく……何をやってんだよアイツは……!」 爪先で地面を叩きながら、リカルド・ラントは舌打ちする。 既に刻限は過ぎている。十二時に来いと言ったのに、どうして十分経っても現れないのか。 こんなめでたい日に──それも自身が主役だという儀式に遅刻してくるとは、果たしていったい全体どういう了見なのか。 来た暁にはきっちりと絞り上げてやらなければ気が済まない。 肩を怒らせてため息をついていると、不意に袖が控えめに引っ張られた。 「大丈夫だよ、リカルド」 そんなリカルドを鎮めるように、傍らに立つもう一人の主役が呟くように言う。
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