第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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 真二は九字を切るのに対して、銀勇は腰元から霊刀を抜いた。  霊刀――髭切り。鬼の首を斬り落とした時に、髭の一つさえ残さなかった事からこう呼ばれている。  が、それは後世の霊的な術や武具に疎い人間が書き残した伝承に過ぎない。 「はぁああっ――」  裂帛の気合と共に邪気の濁流へと振り下ろされる髭切り。  邪気を切り裂いのも一瞬の事。刃は邪気の中に呑みこまれた。銀勇の顔に汗が浮かんだ。獰猛な笑みが口元に広がる。  そして、邪気の流れが変わった。髭切りの刃へと邪気は吸い寄せられ呑みこまれていく。目に見えない怪物が血を啜るように邪気は吸い込まれていく。  銀勇はそのまま、太刀を振りかざした。邪気はまるで吸い込まれまいと四方八方へと逃れようとする。それを真二が張った結界が防いだ。逃げ場を失った邪気は髭切りの刃に呑みこまれた。    文字通り髭の一本分さえも残さず。  これが鬼すらも恐れを為す霊刀――髭切りの真価だ。  一度(ひとたび)傷を与えれば、対象の霊気を残さず絞り尽くす。  適切な敵を与えなければ、使用者の霊力さえも奪うとされる危険な霊具でもある。 「相変わらず、肝の冷える霊具だぜ」 「いえいえ。私もこれを振るのは久しぶりです。あなたの援護が無ければ私自身が危うかった」  顔中に汗を浮かべるその様から銀勇の言葉に偽りが無いことが分かる。敵が強ければ強い程、髭切りは強大な力を発するが、その力の根源は敵の霊力を喰らい尽したいという血の渇望にある。  戦う相手を選ばなければならないのが、この霊具の最大の難点だった。
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