第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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†††  人が願えば、神はそれを聞き入れる。古くからある霊術であるが故に、陰陽師達はその可能性について意図的に除外していた。  この術は、深い信仰と強力な霊力によって発せられる祈願が無ければ、成就しないからである。  現代人には深い信仰がなく、寄せ集めの霊術者達にそんな祈願が出来る筈もないという慢心が、この怪異を引き起こした。  いや、最早これは怪異どころではない。  天変地異。世界の理をも変えてしまう程の異変。  施設の中を走り回りながら、蒼は考える。今まで何度となく怪異を乗り越えてきた。死線をくぐってきたものの、今回ばかりはどうすることも出来ないと思えてしまう程の絶望感があった。  どこもかしこも人が倒れている。まだ意識のあるものはパニックで叫び走り回っていた。声をかけても言葉が返ってくることは無い。  誰も彼もが、災いだと、崇りだと叫んでいた。  辺りを満たす負の霊気にあてられたせいだろう。彼らには蒼達が見えていない。見えるのは、幻覚。  いや、幻覚ではないかもしれない。目の前には実際に地獄が広がっているのだから。 「蒼! いちいち、一人一人の介抱はできんぞ!」 「わかってる。わかってるけど……」  真二の言葉に、蒼は唇を噛みしめる。真二と銀勇は先程から冷徹なまでに表情を消して、迫りくる物の怪と戦っている。蒼は、男達が時々見せる残酷さが昔から怖かった。  とはいえ、一人残らず救うことが不可能な事は彼女にも分かっていた。たとえ、陰陽之巫女でさえ無理なことだ。 ――刀真。  思わず、あの男の名が口から出そうになる。契りを結び、一族に伝わる剣の片割れを預けた彼の名を。いや、そんなこと、そんなものは、形だけの儀式に過ぎない。  ただ、傍にいてほしいのだ。 ――しっかりしなさい。    そんな気弱な自分を叱咤する。表情を引き締めた後の彼女は、直前とは別人のような気高さを見せた。 「我と力を分けた者、日向(ひゅうが)よ、今ここに姿を現せぇっ!!」  裂帛の気合と共に吐き出される呼びかけに、空気が震えた。  筋肉隆々とした巨漢を赤く神々しい法衣に包み、その背には轟々と燃え盛る火の輪が浮かんでいる。  赤く波打つ髪は足元まで伸びている。不動明王を思わせる鬼神の如き外見。それが蒼へと頭を垂れる。 「命を――我が主殿よ」 「主命である。我の前に道を拓け――ワタツミ神のもとへ!!」
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