第三章 鬼哭啾啾の亡霊

16/83
前へ
/183ページ
次へ
 ふと、その表情を見て一真は哀しくなった。以前だったら、背筋が凍ったかもしれない。 ――私は人間じゃないから。  まだ会って間もない頃、彼女がそんなことを言ったのを覚えている。 「式神なら、飲食も睡眠もいらない。誰かと交代交代で祝詞を唱え続ける必要もないってわけだね」 「そう、その通りよ。うってつけだと思った。だから彼に、後の事を任せたの」  蒼は弁明するでもなく、肯定した。  日向の視線と蒼の視線が交差し、一触即発とも取れるような空気が流れる。それを断ち切ったのは舞香だった。 「て、あれ? でも、それじゃあ今回、怪異が再発したってことは」 「……封印になんらかの問題が起きたか、或いは」と月が呟き、それを刀真が引き継ぐ。 「第三者が妨害に入ったか……だな」  第三者――二十年前の怪異テロ首謀者の残党とかだろうかと、一真は想像を巡らせてみるが、断定はできない。 「事情はどうあれ、私から話せる事は以上よ。一真君に、晃君も、無理はしないでね。あくまでもどんな様子か偵察するだけで、深入りはしないこと」  蒼の言葉に、晃はそりゃ無理だろという顔で返す。 「そうは言っても、どうも偵察だけで済みそうにない気がするんですけどねぇ」 「お前は余計な事を言うんじゃない……」 「なんだよ、一真。二十年も封じてたモンが出てきたんだ。ちょっと見に行くだけでも命懸けとか思わないか?」  言われてみればどこまでも正論ではあるのだが、少しは遠慮というものを考えて欲しい。 「あ、でも……、もしも日向(ひゅうが)に何かがあったんのならば、蒼さんが行くべきじゃないんですか?」 「確かにね。でも、私が直接行ったら、日向との間にトラブルが起きるかもしれない」 『任せた』と蒼は言った。だが、その言葉にはどこか自信が無いようにもみえる。 「それに、私はまだやらないといけない事があるの。大峯山にまた戻らないといけないの」 「“虚無の徒”とか名乗っていた連中の足取りを追わんといけないからなぁ。それと、沙夜も野放しには出来ん」  真二の言葉に、一真も月も晃も、そして他の全員も、それぞれの思いが表情として滲み出ていた。  ここにいるほぼ全員が、彼らとの因縁があった。
/183ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加