35人が本棚に入れています
本棚に追加
「うぅ、気持ち悪……」
「一体……、って怪異に決まってるわよね」
「そうねぇ。セレブな紳士淑女でもこんな血生臭いドッキリは仕掛けないでしょうし」
怪異であることがハッキリと分かれば、やることは一つしかない。
碧は初めて目の前の光景を見るように、観察した。
船の中はこの異様な現象に取り込まれてしまっている。
いや、そもそもこの船その物が怪異によって生み出された物である可能性はあった。
「姉ちゃん……」
「しっかりしなさい、舞香。こんなの、いつものことじゃない」
そう妹を叱咤するものの、本当は碧も緊張していた。正直、氷雨が傍にいてくれなければ平静をこれ程に保てていられたかは分からない。
妹を守らなければという責任と、母がいるという安堵、その二つの感情は碧の心を安定させていた。
だが、それは裏を返せば、碧の心に余裕が無い証でもあった。
舞香に言った通り、怪異(こんなこと)は初めてではない。もっと酷い状況に陥ったことだってある。
――なのに、この胸騒ぎはなんだろう。
耳元に冷たい息が当たった。
……ぁっぅぅぁぁぁ、ぅぇ。
体中を這いまわりながらも決して外に出すことのできない苦しみ。
出すことを許されない。
出る事は決して叶わない。
出口の無い狂気。
「……こ……………か………だ……てぇ…………」
か細い声を出した巨大な口は、振り向いた碧の頭へと喰らい掛かった。
最初のコメントを投稿しよう!