第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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数多の物の怪に引導を渡してきた龍の咆哮に、さしもの異形の怪物も耐えられずに床に崩れ落ち、――ドロドロに溶け出した。  まだ、原型を保っている口が、何かを伝えようと動くが、獣と人間の嘆きを混ぜたかのような囁きは、聞き取ることさえ出来なかった。  やがて、その口もいつの間にか霧散する。 「ナイスよ、碧。だけど、舞香が庇ってくれなきゃ、今頃死んでたわね」  氷雨の言葉にようやく、頭が状況に追いついてくる。 ――そうだ、私あいつを見て、頭が真っ白になって……。  舞香はまだ碧の体に抱きついたままだった。慌てて「ごめん」と手を放す舞香に、碧は静かに「ありがと」と告げる。 「う、うん。いいよ、そんなの」  舞香の返事はどことなくぎこちない。姉に感謝されることなど、普段はまるでないからか、どう返したらいいか困っているようだった。  碧は碧で、妹に窮地を救ってもらったことは、岡見学園での一件以来なので、礼を言うのが気恥ずかしかった。  そんな互いによく分からずに気まずくなってる娘二人を見て、氷雨はやれやれと呟いたが、それについては口を挟まない。 「物の怪は、負の気――とりわけ人間の発する負の感情から生み出され、自分を生み出したのと同じ負の感情を餌とする特徴があるわけだけども、今のでっかい口のお化けは、どんな感情から生み出されたか分かる?」 「狂気」  氷雨の質問に、碧が即答する。
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