第一章 始まりは終わりの地で

11/71

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/183ページ
 声を荒らげたのは顔に火傷を負った陰陽師だった。見ると手足にも大小の傷を負っているのだが、陰陽師は怒りで痛みすらも忘れているようだった。 「お前ら姉妹のせいで、助からなかった命がいくつあると思っていやがる!!」  沈黙の中で負の感情が重圧のようにのしかかっていく。向けられる視線は全てが敵意に満ちたものではないが、一条の姉妹に助け舟を出すものは一人もいなかった。  たった一人を除いては。 「おぃ!」  小さな足裏で船底の床を大きく踏み込んだ少女。この場では一番小さく、また年齢も下だ。 「お、お頭」  長い髪を頭の天辺で結い、巫女装束に煌びやかな装飾。八乙女朝霞はいつもの勝気な表情で部下を嗜めた。 「あんましいじめんなよ」  睨みを利かせているものの、その容姿のせいであまり迫力というものを感じさせない。その実力をたとえ聞いていたとしても、見くびリそうなほどに幼い。だが、少なくともこの隊にはそんな愚か者はいない。  その実力を知っているだけではない。彼女の今の心がどんな状態にあるのかを彼らは知っていた。 「……怒り向ける矛先が違うだろ」    今にも決壊しそうな感情を繋ぎ止めるようにつぶやき、俯く。そんな朝霞の頭の上に手を置いたのは長倉大輔。隊の中では一番の年配であり、対人関係で不器用な朝霞のフォロー役でもある。 「そういうことだ。全員今はおとなしくしてろ。呪詛による傷に対する一番の薬は、平穏なんだからな」  その言葉は気休めなどではない。物の怪が放つ呪詛は負の霊気を源とした攻撃だ。そのため、呪詛は物理的なダメージ以上に精神面でのダメージが大きい。傷を癒すための一番の治療方法は負の霊気を外に出すこと、つまりはリラックスすることだ。  だから、長倉は部下に有無を言わせず静かにさせたのだが、彼とて聖人君子というわけではない。一条家の姉妹に対しては複雑な思いがある。しかし、今それをここで吐露して、なにがどうなるというわけではない。
/183ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加