第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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記憶が子孫に受け継がれる。それは科学的にはあり得ないことかもしれないが、陰陽道――、霊的な話としてはあり得ない話ではない。  実際、陰陽道の兵法書である六韜は、物理的に兵法書という本が存在するのではなく、記憶として人間から人間に引き継がれるのだ。  よく言われる生まれ変わり、転生などはこの系統の霊術に当たる。ただ、生まれ変わりと言っても人格そのものが受け継がれるのではなく、記憶がデータとして引き継がれるに過ぎない。  今、彼には沙夜の相棒だった男の記憶がおぼろげながら存在し、また、彼が陰陽師として使っていた術が、記憶となって身体に染みついている。  そこでようやくわかった。  霊術は、知識や理屈で扱えないということに。 知識や理屈など所詮、後からつけただけの物に過ぎないと。  やるか、やらないか。それを選択するだけなのだ。   「あぁ、自分の手足のように使えるさ」 「なら、俺はもうしばらく楽させてもらうぜ」  中学の時を思い出す掛け合いだ。ワルをする前の軽口のやり取り。  懐かしいが、今は少し苦しい。 「懐かしい」という感覚が、自分の中に眠るもう一つの魂と、前世の自分の記憶の両方を刺激するからだ。 ――しっかりしろ、俺は俺だ。  自分の頭に軽く拳を入れた。  そして、三人は先程誰かが通っていた扉を開けた。  ドアの外は、下に繋がるタラップ式の階段となっていた。  業務用か、非常階段なのだろう。誰かに見られるということを意識していない。  一階分下ると、踊り場に出た。SHOPと書かれた看板が上から吊るされていた。 「さて、このまんま下まで行くか、それとも買い物に行くかだな」 「あら、じゃあ私は服を見たいわね」 「いやまぁ、店がやってりゃ買ってもいいんじゃねーかな」  晃と義賢の冗談に一真は呆れつつも頷いた。例の嫌な気はこの階から感じる。  油断なく、太刀を右手で構え、左手で扉をそっと押す。  金箔と、茶色や黒の鼈甲(べっこう)の見事な装飾の扉が開き、光が廊下に注がれる。  そこに広がる光景に、三人の思考が止まる。 ――一体、どうなってんだ。  そこには買い物を楽しみ、船旅に希望を膨らますりゅうぐうの客の姿があった。
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