第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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「さて……あれかしらね」  船底の中心に真っ赤な血で描かれた五芒星。その中心に置かれた藁で作られた人形らしき物。その正面には神棚が置かれていた。  神棚が無ければ、悪魔儀式そのもの――いや、神棚がそのおどろおどろしい異質さを際立たせていると言えた。  一真はそれを霊視してみる。術式が発動していないせいか、霊力の流れは一切感じられなかった。人形も神棚も埃をかぶっており、ところどころが朽ちていた。 「長い年月の間放置されてきたみたいね……これそのものから霊力の流れは感じないけど、この船……この海域で起きてる怪奇現象に影響を及ぼしているのは確かね」 「そこにあるだけで霊力に干渉する……霊力そのものは発していないだけに厄介なモンだな」  義賢の言葉に晃は苦虫を噛み潰したような表情で答える。  例えば、ご飯に箸を突き立てる行為、例えば手入れの行き届いていない寺・神社。その行為そのものがただちに霊力を発するわけではないが、霊的な性質を正の物から負へと捻じ曲げてしまうことがある。 「竜宮でかつて起きた事件と今起きている怪異は、そんな厄介な事が盛りだくさんだと思うわよ」 「つまり……そのひとつひとつを潰さないと、怪異は解決しない?」  ここにあるような神棚が竜宮周辺の至る所にあるのだろうか。その一つ一つを探しださないといけないとなると、気が遠くなるような思いだ。  この船の歪んだ時空そのもの、その歪んだ霊気によって生み出される物の怪、そしてそれらの元となっている社。今の今まで、20年間の間動きを止めてきたそれらが、今の今になって息を吹き返す。偶然ではありえない。何者かの手が込んでいる事は確かだった。 ――芦屋道満の子孫を名乗る組織か、それとも……。  つい先日、沖博人――古の時代から転生してきたまつろわぬ民――と虚無の徒との戦いもあった。その影響を大きく受けていると、現陰陽寮は睨んでいるようだが。 「あら、全部潰す必要はないと思うわ」  義賢が扇をぱさりと開いて言った。ハッと晃の瞳が細く研ぎ澄まされる。  カツンというブーツの足音に、遅れて一真も振り返り、凍り付いた。その男が持っていた物は非常にシンプルかつ分かりやすい死の形だった。 「……ここは女子供の来るところではない」  男はそう言って引き金を引いた。
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