第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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†††  陰の界の気と陽の界の気。ぐちゃぐちゃにかき混ぜた絵具の入ったバケツのような様相を来しているその地を、闊歩する数多の影。  港に停まっている船も、舗装された道も、植えこまれた芝生の上も、建物の中にも。まるで時間が今でも動いているかのように。  動き続ける。その中にあったはずの時を謳歌し、その中にいた筈の誰かと時を分かち合う。  子どもの影が空を見上げた。黒く輝く星空が迫る。瞳いっぱいに広がる。 ――あれ何かな? と子どもは傍にいた母親に訊ねるように顔を上げ、  そして、全てが無と還った。 「すべてはまやかし……絶対に見つけてみせるから。ここをこんな風にした者を」  今しがた消し去った親子の影――20年前に残り続けた思念を浄化し、月は駆ける。自身に言い聞かせるような言葉を時折呟きながら。横で浄化の焔を燃やす日向が不安げな視線を向けてくる。  道行く思念体は、物の怪と言える程の脅威はない。が、この“竜宮全体”に流れる異様な空間、20年前から何も変わらずに流れているかのようなこの時間を作り出す舞台役者となっている。  そこに存在するだけで怪異の元を作り出すことに繋がる。地縛霊と言ってもいいだろうか。 『何をチンタラしているのじゃ』    ふと横を見ると、折り鶴が一羽、彼女の横を飛んでいた。周囲には甲冑を着込んだ式神――阿修羅が何体も隊列を組み、並走している。 「おぉー♪」 「十二天将――天后」  凄まじい物量の式神に、日向は楽し気に、月夜は畏敬の念を持って名を呼ぶ。 『最多の戦力(式神)を操り、舟を護り、舟と共に進軍する。妾に死角無しよ』  一列目の阿修羅の軍勢が長刀や大太刀で影を叩き斬り、二列目が破魔弓の斉射、三列目が術を詠唱、結界を展開する。 『大舟に乗ったつもりでいよ』 「うん……、ありがとう」 『くくく、ういやつじゃのう』  鉄壁の陣と共に、月と日向は進む。日向はいつも通り、飄々としているように見える……が、彼女と深くつながっている月には、彼女が内の内に秘めた一言では言い表せない感情を感じ取っていた。  母がこの地に残した式神の末路を、日向は恐れると同時に、冷徹ともとれるほどに論理的に考察していた。 ――この地に留まることで、怪異は広がらずに済んだ。だが、彼の封印が解けた今は、誰がその役目を担うのか……。
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