第三章 鬼哭啾啾の亡霊

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「月……」  荒く肩で息をする彼女に日向が寄り添う。天后は紙の式神が周囲を警戒させつつ、溜息と共に失念を吐いた。 「陰陽師としては非常に不安定な存在じゃな。なまじ力がある分、危険」 「ふん、他人だからそう言ってられ――」 「――返す言葉もありません」  日向の喧嘩腰を制するように、月はそう言い、頭を下げた。天后の言う事は正論だ。この先、幾人もの「自分と同じ境遇の人間」を見て怯えなくてはいけないのか。自分はこれをいい加減に乗り越えなくてはならない。  でなければ、またあの時、巫女殺しの怪異の時のように、自分を見失い怪異に飲み込まれる。 「良いか、妾達は、先程の童女を贄にした連中とは違う。おぬしを――」 「それが本当にそうなら、沙夜みたいな子が生まれたりしないよ」 「ひ、日向――」 「それに日向(ひゅうが)も……大儀が違うだけで、皆やってることに差はないじゃない」  今度は日向が月の言葉を制した。  だが、天后は挑発に乗る程、品の無い式神ではない。 「最後まで聞かぬか。“我々はおぬし達に強制はせぬ”何故かわかるか?」 「その時がくれば、自ずと役目を果たす……と信じているからですよね」 「その通りだ。皆、覚悟を決め、たとえ、自分の写し鏡のような存在を前にしても取り乱さぬのよ」  そう、誰もが最初から自らを犠牲にしようなどとは考えない。周囲の人間もそうだ。犠牲が無い方がいいと考えてる。  だが、目の前で世界が崩れ始めたらどうか。それを止める唯一の手段が“自分”だと分かっていたらどうなるか。 ――だけど、
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