第一章 始まりは終わりの地で

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「だけど、魂の容物が死体だもんだから、自由自在には動き回れない。霊術を使うなら、生きた霊気を持った体の方がいい。そこで」と、霧乃は息を止めるように、言葉を区切った。 「晴明サマは、図々しくも自分の子孫の体に転生しようと決めたんだ。そこで、今の土御門家の三男坊であるこの俺がその転生先の身体に選ばれた……実に誇らしいよ」  最後の憎まれ口を咎める者は一人もいなかった。三善や南雲でさえも。  栃煌神社の大人達も黙って霧乃の話を聞いていた。霧乃と晴明の関係は既に知っていたのだろう。険しい表情ながらも、動揺の色は見られなかった。 「どういうわけか知らないけど、君の中に眠る……えー、『一真』だっけ?――同じ名前ってややこしいな――、その、もう一つの魂とやらも、俺の体に好き勝手入り込んでくる晴明サマと似たような霊術を使っているらしいってことは、随分前から分かっていた」 「え、あぁ……そうなんだ」  衝撃的なカミングアウトからの話の路線戻しに、一真は置いてきぼりにされそうになる。  一番最初に想像していたようなものよりも、ずっと霧乃が抱える事情は得体がしれなかった。そして、前々から薄々とだけ感じ取っていた現陰陽寮の中にある不穏な空気の正体が、はっきりと見えた気がした。 ――安倍晴明は……、俺達を助けてくれた。霧乃の体を使って、だけど。  あの時の事、自分や月、舞香、碧それに他の皆を救ってくれた。あの行為も、実は何かの策略の内なのだろうか。よくある漫画やドラマみたいに。  あの時は、本当に助かったと思った。それを掘り返して、実は誰にとっても最良の道だったわけではなかったのではと想像するのは、気分のいいものではなかった。  だが、仮に晴明が善意だけで助けたのだとしても、霧乃は納得がいかないだろう。 「ただ、お前の体の中にいるのが、人間なのかそれとも物の怪なのか。それはわかっていなかったんだ。とても曖昧なもんだったから。まぁ、ともかく、それが理由で、お前には影からの護衛も監視もついたわけだ。俺なんか、そのためだけに入る高校決められたんだぜ?」  月と初めて会い、それをきっかけにして起きた物の怪――沙夜の呼び寄せた――との戦い。  一真の胸を貫いた筈の物の怪は、逆に一真の中へと取り込まれた。「内なる幽暗」と博人が命名したその空間の中に「一真」が眠っているのだ。 ――……あ。
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