第一章 始まりは終わりの地で

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「あれか……」  くせっ毛を風に巻き上げられながら沖一真はそう呟いた。黒と白の狩衣を身にまとっている。狩衣といっても平安時代に陰陽師達が着ていたものよりも随分と動きやすいように改良が加えられたもので、現陰陽寮の陰陽師達が着るものと同じく、身体を護るための結界が施されている。 「……海の上に街が立っている。まるで神話みたい」   その横に立ったのは同じく狩衣をまとった、少女だった。ただしこちらは平安時代の物により近い作りになっている。烏羽のように黒く流れるような髪を風に揺らし、春日月は目の前に見える光景をじっと見つめている。 「だが、あの街で起きたことは神話なんかじゃない……んだろ?」    後ろでどこか達観したような口ぶりで呟いたのは、大江晃だった。狩衣ではなく、ジャケットにシャツにジーパンといった現代の若者のナリだが、不思議とこの場から浮くような雰囲気を感じさせない。眼前に広がる光景に対して、無関心を装いつつも、その瞳には燃えるような感情が沸々と湧き立っている。 「あそこで起きた人為的な怪異――そいつを現陰陽寮は食い止められなかった。そのおかげで俺の村は怪異の余波を受けた、と」 「晃……」  一真は反射的に苦い顔になったが、晃の顔に浮かぶ複雑な表情を見て黙った。これに関するやり取りは大峯山の一件で十分やった。 そこで晃自身は気持ちにひとつの区切りが出来た。が、過去はそう簡単に切り捨てられるものではない。 「随分と厳しい見方だが、概ねはそのとおりだな」  後ろから近づいてきたのは、この場で最も狩衣がその身に合った男だった。陰陽師――その名にほぼ全生涯を捧げ、今は娘を護り、鍛える立場にある。  春日刀真は腰に太刀、雷命(ミカヅチ)を佩いている。 「んで……わざわざ、人の古傷抉るような所に連れてきて、何させようっていうんですか?」  晃の言葉には挑発的な響きがこもっていたが、刀真の表情は石像のように微動だにしなかった。 「先の戦いで、現陰陽寮の組織の編成そのものを見直す必要性が出てな」  フンと晃は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。本当はもっと皮肉をぶつけたいのだろうが、それで話が進まなくなるというような安っぽいことはしなかった。 「組織の内部で信頼出来る者は少ない。その信頼出来る者の中で今すぐ動けるという者は更に少ない」
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