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「どうぞ」
低い穏やかなバリトンの声が返ってくる。真二は慎重にかつ自然な、蒼は既に覚悟を決めており一見無防備にすら見える足取りで中へと入っていく。
ドアはひとりでに閉まり、同時に蒼は部屋全体が目に見えない防壁に包み込まれるのを感じた。
やはり、穏便には済まないかと思った蒼がとっさに張った――最早、条件反射的になっている――結界に、「それ」は着弾した。
銃声に目を見開く蒼の横で、真二は印を結んでいた。
「急々如律令――『厳(いか)つ霊(ち)』の神威を以って天翔ける雲上の雷よ、轟け!!」
善女竜王の霊力を伴った雷撃が、銃弾を放った男の髪を掠め、壁を焦がした。
「動くな! 次は本気で撃つぞ」
真二は印を結んだまま、そう警告を放つ。脅しではないことは、彼の周りに漂う尋常ならざる龍の霊気によって明白だった。
蒼はようやく我に返り、男の前で護身之太刀を展開する。この場で銃声がしたにも関わらず、外では騒ぎは起きていない。何より、銃声がする直前に結界が発動するのを彼女は感じ取っていた。
正体を隠す必要はまるでない。
「流石だな。いや、相変わらずって言ったほうがよろしいか?」
長い髪、白い肌に糸目と一度見たら忘れようがない容姿の男だった。グレーのシングルスーツ姿を着こなしている一方で、全身から漂う気迫は一寸の隙も許さない。
「相変わらずだと? ってお前まさか渡辺か?」
「ふっ、まぁ無理もない。前に組んだ時はこんな野蛮な武器は使っていなかったですからな」
手にある拳銃を実に忌々しそうに渡辺は睨みつけていた。
「知り合いなの?」
蒼はまだ護身之太刀の構えを解かずに、真二に尋ねた。
「現陰陽寮にいた男だ。お前も名前位は知ってるだろ。渡辺銀勇(ぎんゆう)――鬼斬りの銀だ」
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